納涼会「晩夏の夜の集い」が開催されました

開催日時:2017年9月14日(木) 17:00~19:30
開催場所:国分寺屋上ビアガーデン「ロインズBBQ」
参加者:青木壯司,浅野道博,五十嵐裕和,牛田令,大橋忠弘,小口直毅,小田切 晏彦,小田切三千代,北川道夫, 黒川淳子,島崎幸男,清水元,下村良介,眞宅康博,染谷嘉男(三田会),舘外博,谷口和典,中村俊雄,中山斌雄,中山利子,野部明敬, 林紀久子,日置憲二郎, 広瀬明夫,廣田廣, 廣田昌子, 松永常尚,丸山哲平, 宮坂尚利,山岸信雄, 山田孝,吉田悦子,(敬称略、総員32名)
担当幹事:舘,中村,中山(グルメ同好会)

 昨年に引き続き第2回納涼会は、国分寺屋上ビアガーデンを貸切り「晩夏の夜の集い:夏の終わりと秋の訪れの風を感じながら星降る街角で夜空を仰ぎ、美酒・美食とともに夢を語る!」をテーマに開催されました。
昨年は台風到来のため、屋上から階下の焼き肉店に変更し開催しましたが、今回は9月中旬にもかかわらず、真夏日・快晴の絶好の日和となりました。5時過ぎには、32名全員がそろい、中山幹事の「2時間半の飲み放題!バーベキュー料理とともに、タップリと飲んでください!」との掛声と清水会長の挨拶、最年長の谷口さんの乾杯で生ビールのグラスを高々と掲げて宴が始まりました。

 夕暮れがせまり、塩辛、サラダなどの前菜が運ばれてくるころには、すでに早くもほろ酔い気分になりワイワイガヤガヤと笑顔が広がりました。バーベキューの煙が立ち昇る中、冷酒1升瓶を持ちながら動き回る徘徊者もおり、ロレツが回らぬ程に酔が進みました。女性軍もハイボールの盃を何杯も飲み干して、男性軍には、なにやら理解できない話に盛り上がっておりました。
 飲食と談笑に忙しく夜空を仰ぐことも忘れがちでしたが、晩夏の爽やかな風を感じながら終宴を迎え、松永さんの三本締めでお開きとなりました。

  中山(記)

詳細は右をクリック 2017.9.14納涼会[晩夏の夜の集い」報告

 

第七回『国分寺寄席』 実行委員長後記

 朝から台風15号の余波が雨を降らせて、今回の国分寺寄席への客の出足を心配しながら家を出た。会場準備の役員全員がロビーに集合した11時には雨も上がり、少し風もあって気温も23度と凌ぎ易くなりひとまず安心して準備に入った。
 12時には7,8人のお客が、早々と並び始め「開場は13時からです」と断わりを言っている間にも10人、15人と次第に列は伸びていった。急遽会場係の機転により12時半過ぎ、ロビーに入って座って待機してもらった。
開場は13時、会場係の誘導のもと、受付係もスムーズに手順通り運んだ。愈々開演、まずは国分寺稲門会清水元会長が、御来場の皆様へ毎回の満員御礼と国分寺稲門会のモットーである『地域と共に』が実践されている証であると挨拶。
 まずは開口一番、前座の小駒が『鮑のし』大阪落語では「祝のし」で演じられる。女房の知恵で、間の抜けた亭主が大家の婚礼の祝いと称して魚をもって行き貰ったお返しでコメを買おうという目論見。魚は高いので鮑を買う。大家は、磯の鮑の片思いだから縁起が悪いと受け取らない。のし鮑は縁起物だと教わり、取って返して大家に説明する、という咄。教わった通りに言おうとしてもその通りに言えない、鸚鵡返しに言って笑いをとる、こうした話を「鸚鵡」という。

 二つ目馬久『近日息子』を一席、愚かな息子が、日頃父親の言う「先を読め」を心掛け、その後父親が病気になると素早く棺桶を用意して手回しよく葬式の準備。「忌中」の横に近日と書いてあるという落ち。葬式の手配が滞りなく出来る息子が単なるうつけ者とは思えない。そのあたりを感じさせない様演じなければいけない。人の教えを実践し、拡大解釈の末の失敗談が笑いを呼ぶという咄である。

 真打ち二年目の馬治『強情灸』。大阪では「やいと丁稚」という。寄席でよく演じられるもので、仕草が大事な演目で典型的な仕方咄である。当今は「灸」が解らなくなっているので、枕で解説することが必要であろう。演じるうえで色々工夫を凝らしてやると一層笑いが取れる咄ではある。今回の馬治にはそうした馬治独自の工夫も、脚色もなくさらりと逃げた感があった。

 同じく真打ち馬玉『粗忽長屋』。浅草雷門の前の行き倒れ、それを見た慌て者が自分の友達だと言い張る。今朝会ったばかりだから間違いないと。しかし行き倒れは昨晩からあるんだと言っても聞き入れず、本人を連れてくると言って駆け出す始末。のんびり屋の熊は自分の行き倒れに会いに行く、挙句行き倒れを自分だと認める。そこで一言「抱かれているのは確かに俺だが、抱いている俺は誰だろう」馬玉の歯切れのいい話しっぷりに場内に笑いが渦巻いた。  
 ここで仲入り

 仲入りの時間を使って最前よりご来場の、国分寺市市長:井澤邦夫様には壇上にお越し頂きひとこと御挨拶を頂戴した。「このように市民と一体になった催しが定着することは、市にとっても大変に喜ばしいことと存じます」この一言は大いなる激励の言葉であった。

 いよいよ『国分寺寄席』は初出演の柳家小春さんの出番。小柄でいかにも日本風のかわいい小春さんが高座に上がると、予想以上に場内は静かだった。弾き始めると耳を澄まして、小唄、端唄に聞き入り、ぼそっと言うちょっとした語りに笑いも出て段々小春さんの音曲の世界に引き込まれた様子。大津絵節の『両国橋』を唄う。夏の情景風物を早口に歌い続け、『上がった上がった上がったあ!  玉やぁ!』 場内の大きな拍手が鳴り響いて、小春さんも満足の様子で高座を降りた。

 さあ、大御所、金原亭馬生師匠の出演。登場するや大向こうから声が掛かる。高座に上がりお辞儀をするや、また「たっぷり!」「待ってましたッ!」「木挽町!」国分寺市民から大きな声で雰囲気を盛り上げて下さったことは、『国分寺寄席』が地域に密着しつつあることの証と喜ばしいことであった。
馬生師匠の演目は『笠碁』 碁の手を待ってくれ、いや待てないといった些細なことから、碁から離れて昔のことを持ち出して口論になってしまった二人。お互いに二度とお前とは碁を打たないと仲違い。時間が経つにつれ双方ともに相手が恋しくなる。世間にはこのようなことはよくある話、心理描写も見事に語っている。 喧嘩の仲直り、再び元の鞘に納まる、なんともくすぐったい人間の細やかな感情の変化がよく描かれている。江戸川柳の「柳多留」に『碁敵は憎さもにくし懐かしき』という川柳は、この落語の全体を引き締める効果がある。

 話し終わって師匠は口座を降りて馬治、馬玉の三人で茶番、曽我兄弟の大磯の段。曽我十郎と大磯の遊女の掛け合いでの茶番。この後馬生一門総出のかっぽれ踊りを客席の手拍子も賑やかに踊って、大喜利となる。 
お題に『国分寺』
を頂戴するや馬生師匠
『国分寺と掛けて、高価な気に入った着物と解く』
「そのこころは」

『またきたくなります』

 閉会の言葉を国分寺稲門会副会長野部明敬が述べて、その折馬生師匠の古稀を祝ってささやかな品を贈呈、会場の拍手を戴き大盛況の内に閉幕となった。

                       (記)実行委員長 眞宅康博

(下の写真は、クリックすると拡大します)

 

 

第7回「国分寺寄席」盛会に終了しました。

平成29年8月31日、『国分寺寄席』は市立いずみホール370席を満席で盛会裡に終えました。
「国分寺市の風物詩になった」との声も頂き、国分寺稲門会のモットー『地域と共に早稲田と共に』が定着しつつあります。
国分寺市教育委員会・同社会福祉協議会・同老人クラブ連合会の御後援をいただき、市長も臨席され、益々地域との交流を感じています。
十一代目 金原亭馬生師匠一門による落語会で、本ホールを毎回満席にするのは『国分寺寄席』だけだそうです。

真打3人・二つ目・前座の落語と寄席音曲に加えて、高座舞・かっぽれ・大喜利で大いに盛り上がりました。最後に会場の皆さんのお手を拝借しての一本締で目出度く終演。
なお演目は、金原亭小駒「鮑のし」、馬久「近日息子」、馬治「強情灸」、馬玉「粗忽長屋」、柳家小春の小唄・端唄・両国橋など、十一代目 馬生師匠「笠碁」 で夫々お楽しみ頂いた。

お客者は稲門校友・市民・三田会などでリピーターも多く、老人会からは100人を越える参加。
皆様に3時間を大いに楽しんで頂きました。
                     (記)眞宅康博

参加(委員) 青木壯司、江連孝雄、大橋忠弘、小野洋一郎、小林昭、清水 元、眞宅康博、舘外博、遁所真美、中村俊雄、中山斌雄、野部明敬日置憲二郎、廣田廣、吉松峰夫、丸山哲平、山田孝

 

早稲田実業高校野球部:西東京予選決勝を応援

7月30日(日)神宮球場、西東京予選決勝の応援に行きました。
早実のご厚意で学生席の3列目。森元首相・藁谷校長と共に声をからしました。
残念ながら敗戦。甲子園まであと一歩でした。

女子高生の応援リーダ達は涙・涙
清々しい青春の一幕に参加した一日でした。

同好会合同「南信州旅行」(2017年4月12~13日)

 遅咲きの桜が咲き乱れる暖かな陽射しが眩しい早朝、参加者20名(現地参加2名、総員22名)と大量の酒・つまみを積み込んだ貸切りバスは定刻通り国分寺駅南口を出発しました。
 今回は、「南信州の桜と文化を愛でる旅」と称して、昨年開催した南伊豆旅行に引き続き、麻雀・ゴルフ・カラオケ・ハイキング・町歩き・グルメ・俳句同好会による2回目の合同旅行です。
 国立IC.から中央道を快調に飛ばしはじめた頃には、車内は冷めやらぬ花見気分の勢いもあり、はやくも朝酒の香りがいっぱいです。途中休憩の双葉SAでは、すでに多数の酔っ払い者が確認され夜の宴会まで耐えられるとの不安もありましたが、「朝酒・朝酔いは早稲田マンの勲章!心配いらず!」と先輩諸氏から一笑にふされました。
 最初の訪問地「元善光寺」は1400年前の推古天皇時代に、この地住人、本多善光が難波からご本尊をお迎えし、その後、長野市の現、善光寺に遷座されたため「一度詣られよ元善光寺 善光寺だけでは片詣り」と詠われる由緒ある寺です。この地に咲く樹齢350年の麻績(おみ)の里舞台桜は、半八重枝垂れ紅桜で、天を仰ぐ見事な枝ぶりに、一同息を呑みました。
樹齢300年以上の樹形が美しい桜が数多く残る飯田市内に移動し、手打ち蕎麦処「あすき」で本場の美食を満喫した後、桜守りの解説により専照寺・正永寺・黄梅院の枝垂れ桜・桜丸の夫婦桜、長姫の江戸彼岸桜など、春光を浴びて輝くいずれとも劣らぬ銘木を悲哀と文化の香りとともに堪能しました。飯田城下町は和菓子ツアーが開催されるほど著名な菓子屋さんが多く、その中でも老舗「いとうや」に立ち寄ったときは、参加された6名の妙齢なご婦人・甘辛両刀老齢男子にも笑顔がこぼれ、垂涎の思いで桜餅・金つば等を眺めつつ、財布のヒモをゆるめておりました。
 16時過ぎに天竜川沿いの天竜水神温泉「よし乃亭」に到着し、一同はこれから始まる大宴会に備えて、昼酒・加齢と桜の残り香のアンバランスな香りがただよう老齢の体を温泉にゆったりと沈めて癒しました。そして、湯上りのテカテカ顔のゆかた姿でお座敷に一同が会し、清水会長の開宴挨拶、参加者最長老の谷口さん(S26年政経卒)の乾杯で現地参加2名を加えて総勢22名の宴会が始まりました。女性6名を交えた宴席はにぎにぎしく華やかで酒量も増える一方です。野部さんの落語、眞宅さんの小話に笑いの渦がひろがり、吉田・染谷・北川・小林さんのカラオケの美声に酔いしれました。千原さんのお元気な中締め挨拶と全員が肩を組み感涙とともに熱唱した「校歌斉唱」で宴もお開きとなりました。
 その後、カラオケ組はボックスに繰り出して持参の酒でさらに酔いしれ、麻雀組は、酒酔いの頭を駆使しワケの解らない弁舌をつぶやきながら牌を並べておりました。老人性早起き症候群のためか、昨晩の大騒ぎを癒すべく5時すぎには、大浴場におなじみの顔がウナリ声を発しながら湯船に浸っておりました。
 翌朝は、飯田ゴルフクラブでのゴルフ組(2組8名)、天竜船下り・天竜峡の散策(13名)に分かれてのお楽しみです。ゴルフ組は、アップダウンが激しく風の読みが難しい山岳難コースでしたが、予想どおり、日置さんがグロス94、ネット76で優勝しました。川下り組は、不安顔でライフジャケットに身を包み、弁天港から和船に乗り込みました。スゲ傘半纏姿の船頭の竿さばきで急流を下る際には、水しぶきを浴びて、「キャーキャー」とまるで幼稚園児のような奇声を発しながら、なんとか時又港に到着しました。天竜峡の散策では、ふたたび吊り橋の揺れに奇声をあげながら、春光に輝く見事な桜と峡谷の絶景に目を見張りました。道の駅「信濃路下條」で買い物後、リフレッシュパークに立ち寄り、千原さんはケーブルブランコを見事乗りこなし、眞宅さんはローラースベリ台に挑戦するなど長老の活躍ぶりに拍手喝采でした。
 ゴルフ場での昼食後にゴルフ組と合流し、馬籠宿に向かい、石畳の敷かれた坂に沿う宿場と水車小屋に江戸時代の庶民文化を感じ取りました。
16時に馬籠出発し、中央道を経て20時半過ぎに無事、国分寺駅前に到着しました。
                               (旅行幹事:野部、山田、日置、中村、中山(記))

(参加者:谷口、千原、眞宅、清水、小田切、林、宮坂、小林、五十嵐、北川、水落、浅野、増本、染谷(三田会)、青木・吉田・中山各夫人、上記幹事、合計22名(敬称略))

写真をクリックすると拡大

 

「満福寺で寄席」を終えて

平成24年2月11日(祝)午前10時30分・国分寺市戸倉の満福寺で涅槃会(実際は15日)の法要が開催され、全員が般若心経を唱えたあと、住職から涅槃図の見方など法話があった。
引き続きこの寺の檀家であり、国分寺稲門会幹事の野部明敬氏(芸名・参遊亭呑兵衛)による落語の口演に移り、まくらに柳亭痴楽の綴方教室の山手線の全駅名を読み込んだ「恋の山手線」ほか時事問題など折り込んだ話で、笑いをとり本題に入る。
 演目は「壷算」この話は一荷入りの甕を買い、話の流れにうまく乗せて二荷入りの甕をせしめた上、一荷入りの甕分の代金も返してもらうという内容、約30分を軽妙な話術で締めくくり拍手を浴びた。
 次に稲門会幹事の小野洋一郎氏の「南京玉すだれ」、小野夫人はじめ3人のご婦人を従えて、竹で編んだすだれを巧妙に操り、ユーモアにとんだ話術で、東京タワー、鯛などを繰り出し観衆をひきつけた。その上マジックも、つぎつぎと不思議現象を披露し拍手喝采を受けた。
 参加者全員にお土産も出るサービスがあり、楽しい一時を味わった。

万願寺寄席.jpg

『国分寺寄席』を終えて

 去る8月22日(月)「国分寺寄席」と名づけて、西国分寺いずみホールで盛況のうちに開催できました。ご協力戴いた皆様に深く感謝致します。
 以前、稲穂祭の折、金原亭馬生師匠と二つ目の馬吉、前座駒ん奈(荻野アンナ)を招いて落語会を催し、会員・家族の皆さんに大層喜んで頂きました。
その後、国分寺稲門会の活動として一般市民のための寄席を企画してはと、案を練っておりましたが、春初め、ある老人クラブの会長さんが訪ねてきて、寄席を企画実行して欲しいとの依頼がありました。
 早速に、期日と会場決め、馬生師匠に出演交渉を始め、国分寺市内の各老人クラブに声をかけ、稲門会会員に集客宣伝をお願いしました。自分でPCを駆使してチラシや整理券を作成し、公民館その他へ配布してみました。結局口コミと人脈で殆どの整理券は捌いて戴いたことになりました。8月20日には、370席が完売となりました。
 いよいよ当日となり、入場者の受付、場内整理には、稲門会会員の協力を得て、混乱もなく開演となり、小生の漫談一席で客の頬を緩めておいて、前座駒松、二つ目の馬吉、馬治それぞれが一席づつ演じて、次に11代目金原亭馬生が、「唐茄子屋政談」をミッチリ40分、丁寧な語り口で熱を込めた一席。
続けて三人による茶番劇や「カッポレ」踊りを披露してくれて、最後に大喜利で会場のお客さんと一体となって盛り上がり、大盛況の内に終演となりました。
 終演後、廣田、清水、小野、野部、青木、山田各氏と慰労の一杯と言う事になり、馬生師匠、馬治、馬吉も交えて、ホール裏手の飲み屋でわいわいと大懇親会、この催しで余剰金8万円ばかりを、東日本大震災義捐金とすることが出来ました。
 企画に賛同ご協力くださった皆様に深く御礼申し上げる次第です。
 出来得ることであれば、今後も稲門会主催で定期的企画として、「国分寺寄席」とか『国分寺稲門寄席』と銘打って、恒例公演できることを願う者であります。
 「笑うことは、酒に優る百薬の長」どうも、ありがとうございました。

                                     平成23年8月25日
                                         眞 宅 康 博  記
国分寺寄席を終えて.jpg