国分寺稲門会創立50周年記念誌 寄稿のお願い

国分寺稲門会創立50周年記念誌 寄稿のお願い

国分寺稲門会は創立50周年を迎えます。
総会にて「記念誌発行」が承認され、会員の皆様からの寄稿を募集する事となりました。
次の2種類の寄稿を募集中です。

1,1000文字の記事

 テーマは自由、
 関連する写真も掲載できます。

2,校友へ贈る伝言板

 下記を記載。

   氏名、写真(現在、学生時代など)
  ①卒年、学部
  ②出身地
  ③我が学生時代(40文字以内、大学時代の生活振り・思い出・主張など)
  ④校友へ贈るメッセージ(40文字以内、伝えたい信条、モットー、思いなど自由記載)

寄稿・ご質問などは下記にメールをお願い致します。
 大橋忠弘  tadohashi@yahoo.co.jp

8月16日現在の寄稿数は下記の通りです。
1,1000文字の記事   12名(13件)  
2,校友へ贈る伝言板 19名 

まだまだ少数です。
記念誌発行に向けて、会員全員の寄稿をお待ちしております。


 

2021年 国分寺稲門会新入会員のご紹介

2021年 国分寺稲門会新入会員のご紹介

2021年に入会された新入会員は、本来であれば年次総会や稲穂祭(忘年会)でご紹介するところですが、コロナ禍で年次総会の開催が出来ませんでした。その為、自己紹介を以下に掲載いたします。宜しくお願い致します。

藤崎一雄 (S38卒・戸倉3)

私は国分寺市在住50年近くなります。この度息子宛に届いた国分寺稲門会の案内で初めてその存在を知り、息子(理工)は日立関連の企業で日立市に住んでおり、定年で当地に帰って来る迄、私がつなぎ役として応募させて頂きました。
私は高校卒業まで鹿児島の南端の薩摩半島で育ちました。そこは海があり山があり、夜空の星の輝きは全国で2番目とのお墨付きでした。大学卒業後は「文化放送」に入社し、CM部を皮切りに海外特派員などを経験しました。
稲門会の繋がりで言いますと、先に朝日新聞の文化面に掲載されていた「魔女の宅急便」の翻訳書で有名な角野栄子氏は私の5~6年先輩(教・英文)です。当時アメリカ文学の権威だった龍口直太郎先生から、私もヘミングウェイの作品を中心に習いました。そして翻訳書と言えば「ビルマの近・現代史」を記した全国的には全く無名の私の書が、何故か市の公民館にも納めてあります。別に私が売り込んだ訳ではありません。
国分寺稲門会では、国分寺サロン・カラオケ・句会などで皆様と楽しい時を過ごしたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。

  


 

2020年、国分寺稲門会新入会員のご紹介

2020年、国分寺稲門会新入会員のご紹介

2020年に5名の方が入会されました。本来であれば年次総会や稲穂祭(忘年会)でご紹介するところですが、コロナ禍で会を開催が出来ませんでした。その為、自己紹介を以下に掲載いたします。宜しくお願い致します。

1、井上昴(昭和41年卒、西元町3)

私は昭和18年4月東京(中野)に生まれ、戦時中に一時期疎開先(静岡県)で過ごした以外は大学卒業まで生誕の地中野で暮らして来ました。昭和41年八幡製鐵(現  日本製鉄)に入社後は販売業務、生産業務を主に九州 八幡を皮切りに北海道  室蘭、山口県  光、東京、大阪、名古屋など全国各地を転勤族として業務の傍ら官費旅行をしてきました。それぞれの場で新たな出会い、発見を経験できたことが今では人生の貴重な財産として豊かな心の支えになっています。国分寺に居をかまえて20年が経ちました。とは言っても早稲田実業高が現在の地に移転するまでは会社の総合グランド、独身寮の施設があったことから頻繁に往来していたもので国分寺への親近感はそれ以上に長く深いものがあります。国分寺での20年間子供達は独立し、妻には2年前に先立たれ今の私は主夫業、主婦業の兼業を余儀なくされていますが幸い多くの友人、知人との付き合いで前向きに気分転換を図っています。
現役時代は業務上必須科目だった酒、ゴルフ、麻雀、カラオケ等一応こなしましたが今は卒業し 旅行(神社仏閣巡り)、スポーツ観戦(野球、ラグビー)、音楽・映画鑑賞等を主に楽しんでいます。コロナ禍が収束し巣篭もり生活から解放されて自由に思い切り楽しめる日が早く来て欲しいものです。

      

 

2、鈴木正道(昭和55年卒、西町2)

東京・銀座で生まれて、娘が音大付属に通学する関係で国分寺西町に住んでから早くも20年が立ち、第二の故郷になりました。1980年卒、商学部で外為のゼミでしたがメーカーに入り、今年は退任予定を迎えて、少しは自由な時間が持てそうになり、当会に入会して、地元の自治会役員も引き受けました。 
学生時代は江の島通いでヨットに時間を費やし、その後家族でダイビングやカヤックも楽しんでいます。直近ではコロナ禍で在宅ワークが増えたことから、運動不足の解消に毎日7千歩ノルマを課していまして、寒い冬に負けそうですが、なんとかクリアしています。落ち着きましたら、ぜひ当会のハイキングや町歩きの会にも参加させて戴きたく存じますで、今後ともご指導宜しくお願いします。

      

 

3、今西啓之(昭和55年卒、戸倉4)

このたび入会させていただきました今西啓之(いまにしひろゆき)と申します。1980年3月に商学部を卒業し、保険会社に就職し41年が経過しました。1994年3月から国分寺市戸倉4丁目に在住ですが、早いもので27年が経過しました。
3人の子供たちは皆十小・五中で育ちました(長女はワセ女です)が、今は家内と二人住まいです。まもなく会社はリタイアしますので、先輩諸氏に夫婦二人の生活の間の取り方をご教示いただきたいと考えています。新型コロナが早く収束し、皆さまにお会いできる日を心待ちにしています。どうぞ宜しくお願いいたします。

       

 

4、小俣勝裕(令和2年修士、戸倉1)

私は2002年に早稲田実業学校初等部に一期生として入学し、昨年2020年3月に早稲田大学修士課程(基幹理工学研究科数学応用数理専攻)を卒業いたしました。
18年間在籍した早稲田を去り、現在は外資系コンサルティングファームに務めております。卒業の際に国分寺稲門会の存在を知り、この度入会させていただきました。国分寺生まれ国分寺育ちでもあるため、稲門会で皆様と親交を深められる機会を非常に楽しみにしております。
趣味ではオリジナルのバンドをやっており、CDのオンライン配信を開始するなどコロナ禍でも出来る限りの活動をしております。皆様に直接お会いできる日を楽しみにしております。よろしくお願い致します。

       

 

5,多賀(村山)愛子(昭和51年卒、富士本1)