(続)紅茶の話あれこれ 「一杯の美味しい紅茶」その3

50年来の友人、紅茶人で業界第一人者である荒木安正氏の著作から興味あるエッセンスを抜粋しました。 紅茶への理解を深めていただければ幸甚です。

     (記)日本紅茶協会 元専務理事 清水元(国分寺稲門会)

一杯の美味しい紅茶(その3)

1、 スコンの由来と食べ方
ティータイムには欠かせない「スコン」(Scones)の起源は不明であるが、スコットランドの田舎のハレの日のパン菓子の一種で、1870年頃には来客用に”手造りのお茶受けの焼き菓子“として、ショートブレッド・ビスケット・それにケーキなどと主に供されていたという。最も素朴なものは小麦粉・ミルク・バター・ベーキングパウダーを使ったもので、焼き上がりの周囲はカリッと、中はソフトでほろほろした食感があり甘さはひかえ目。手の込んだスコンは砂糖の他にレーズン・サルタナ・カランツ・チーズ・オレンジ/レモン・ハーブなどを好みで使用する。
サイズはまちまちで一般に田舎ほど大型。スコットランドでは丸いケーキ型に入れて焼いてから三角に切り分ける習慣もあるが、全国的に「貝柱型」の形状が主流。
「スコンの食べ方」については、
① 焼きたて、またはレンジで温めたスコンをケーキプレートの上で横半分に割り(冷めた場合はナイフ使用も可)、
② その上に凝固させたクリームが溶けないように(断熱の為に)イチゴジャムを塗り、
③ 最後に「クロッテド(凝固)クリーム」をたっぷり乗せて大胆にかじって食べる!

今日では有名なホテル等でも「クリーム・ティー」のメニューで(豪華なアフタヌーンティーの代わりとして)人気があり、内容は「スコン2個、クリーム、イチゴジャム、ポット・オブ・ティー・ウィズ・ミルク」。更に季節ともなればより高級感のある「ストローベリー・クリーム・ティー」を。内容は「スコン2個、クリーム、イチゴジャム、ポット・オブ・ティー・ウィズ・ミルク、そして1鉢の「新鮮なイチゴにダブル・クリームをかけたもの」が付く。

「クロッテド・クリーム」(Clotted Cream):イングランド西南部のデヴォン、ドーセット、コーンウォールの各州が主産地。紀元前500年頃に錫の交易の為に来航した地中海沿岸のセム系「フェニキア人」たちがこの地に伝えたものとされる。
最も有名なのがデヴォンシャーのクロッテド・クリーム。作り方は ①「ジャージー種」の牛の濃厚なミルクを加工所の室内にある遠心分離機にかけ、② クリームと水分に分ける、③ 乳脂肪55%のクリームを「二重鍋」(中間に水、湯煎効果)で煮詰める、④ アーガと呼ばれる水平の密閉コンロにかけて摂氏85度で90分間殺菌する、クリームが凝固すれば出来上がり、⑤ 浅めのトレイにクリームを移して一晩冷ます、(保存期間は約10日間、歩留まりは原乳11リットルから製品1リットル)。

      スコン

2、 スコンはビスケット? 
「スコン」と言えばスコットランド生まれの焼き菓子の元祖的な存在。日々の「お茶受け」の一部として今日でも依然人気が高い。紅茶大国のイギリスやアイルランドは別核としても、アングロサクソン系の諸国では「母が娘に最初に伝授する焼き菓子」といわれ、誰にでも手早く簡単に作ることが出来るのが不変の人気の元と言えよう。
但し多くのアメリカ人は「スコン」の事を通常「ビスケット」という。正確には「アメリカンビスケット」または「ホットビスケット」であるが、パサパサで甘みが少なく薄型で平たく焼いた堅いパンの事を指している。
ところで何百年もの歴史をもつ焼き菓子「スコン」であるが、我が国ではティーバックの出現のおかげでようやく紅茶が本格的に普及し始めた1970年頃より以前は、イギリス滞在経験者や菓子・料理研究家を除くと、この焼き菓子を「知る人」も「食べた事のある人」も極めてマレであった。しかしその後の海外旅行ブーム・グルメブーム・イギリスブームとかの影響で、近年ではすっかりお馴染みのものとなった。それでも「まだスコンを食べたことがない人達」も実に多く、その食べ方についても一般には全く無知そのもの。暖かい状態のスコンにジャムとかクリームとかをつけて食べる事を知らずに、冷めて堅くなったボソボソ状態のスコンをかじって「ナニこれ、けっこう堅いジャン。たいして美味しくもないわよね」とのたまうのである。
ところで「スコン」(Scone)の呼称はスコーンではなくスコン。簡単に言えば、小麦粉にグラニュー糖・塩・バター/マーガリン・卵・ミルク・ベーキングパウダーなどを混ぜ合わせて焼いた小型の菓子パンこと。各家庭や飲食施設・作る人・選ばれた材料/副・材料・作り方などによって、出来上がりの形状・大きさ・焼き加減・味や香り・食感/歯触りなどが全く異なってくる。ただしスコンは必ず焼き立ての温かい状態で提供するべきで、客人はこれを手指で横半分に割って(堅い時にはナイフを使って、好みでバターを塗ってから)イチゴジャムを塗り、デヴァンシャーまたはコーンウォール特産の濃厚な「クロテッド・クリーム」をたっぷり乗っけて、熱いティーを何杯もお替りしながら楽しむべきもの(好みでバター、サワークリーム、ホイップクリームで代用しても良い)。
この庶民的な楽しみ方は、どちらかと言えば「特別なクロテッド・クリーム」が主役であるために「クリーム・ティー」の呼称がある。もちろん好みで朝食をはじめ日常のティータイムにもスコンは登場するし、「ハイティー」と称される軽い夕食の一品としても利用されている。

3、 「クリーム・ティー」(Cream Tea)のこと
クリーム・ティーと聞けば、多くの人たちは「紅茶にクリームを浮かべたもの」を創造するであろう。しかしイギリス国内やかっての大英帝国の歴史と伝統の息吹が残る国々においては「たっぷりのお茶とスコンのセット」を意味する。ロンドン市内でも有名ホテルを中心として、その他の地方ではティーショップやホテル、レストランなどで試食する機会はある。特にイギリス西南部(デヴォンシャーやコーンウォール)のカントリーサイドを旅すれば、いわゆる「本場のクリーム・ティー」が体験できる。この際にスコンと共に提供されるクリームは、いうまでもなくデヴォンシャー特産の濃厚なジャージー種の牛乳で作った「クロッテッド・クリーム」(Clotted cream凝固クリーム)である。それゆえにクリーム・ティーのことを「デヴォンシャー・ティー」などと表現することさえある。
通常の「クリーム・ティー」(スタンダード)は菓子風にスコンが一人前2ケとジャム(これはイチゴに限る)とクロッテド・クリームがセットになっている。中でも信じがたいほどの豪華さで満足感が得られるのはその「コンプリート・セット」や「ストローベリー・クリーム・ティー」であろう。これは好みの種類の茶葉をメニューから選んで液量たっぷりのポット・オブ・ティー・ウィズ・ミルク。ティー・フーズはフィンガー・サンドウィッチ、三種類のスコン(プレーン・フルーツ入り・ナッツ入りまたはチーズ入りなど)そしてたっぷりのクロッテッド・クリームと自家製ジャムが提供されるもの。さらに新鮮なイチゴとフル・クリームがたっぷりサーブされるストローベリー・クリーム・ティーはイギリスの夏の風物詩である。
クロッテッド・クリームは我が国の場合は一般的に非常に入手し難いが、直輸入品も販売されるようになり、国産(中沢乳業製品)の品質も相当ハイレベルな物になって来た。好みで濃い目のホイップクリームで代用するのも良い。
焼き立てのスコンは温かいうちに手指で横二つ割りにするか、熱ければナイフを使って横二つ切りにして、英国風にはイチゴ・ジャムをつけ、その上にクロッテッド・クリームをタップリ乗っけて豪快に食べる。「太るのでは?」などと野暮なことを考えてはいけない。濃い目に入れた熱いミルクティーを啜る度ごとに、口の中に脂肪分をすっきりと切り、ボソボソした感じの素朴なスコンの味・香りと実に良くマッチする。それこそ限りなく「ブリティッシュ」なティータイムというべきであろう。

   (つづく)